最近話題になっているセカンドパートナーという言葉。テレビやSNSでこの言葉を目にする機会が増えた今、その存在に強い拒否感を持つ人も増えています。
あなた自身も「セカンドパートナーなんて頭おかしい」「気持ち悪い」と感じたことはありませんか?
今回は、そうした声や不快感の正体を掘り下げつつ、「セカンドパートナーを持つ人は本当にいるのか?」という背景にも焦点を当てていきます。
セカンドパートナーがいる人は頭がおかしいのか?

セカンドパートナーがいる人は、本当に頭がおかしいのでしょうか?
セカンドパートナーが頭おかしいと感じる理由と、実情について紹介します。あなたの不快感の正体がわかるかもしれません。
SNS上での声:「理解不能」「頭おかしい」「気持ち悪い」
XやInstagramなどのSNSをのぞくと、セカンドパートナーに対して「倫理的におかしい」「不倫を正当化しているようで気持ち悪い」といった、否定的な意見が非常に目立ちます。
中には「こんなことをする人たちは、頭おかしい!」と感情的に断じる声もあり、社会的にはまだまだ強い反発があるのが現実です。

配偶者以外の異性と親密になるのは、不倫でしょう?

複数のパートナーを持つなんて、頭おかしい人がやることだ!
一夫多妻制が認められていない日本だからこそ、これほどまでに否定的な意見が増えるのでしょう。
またSNSの性質上、否定的な意見が目立ちやすいのも真実です。ネガティブな意見ほど炎上や拡散の対象になりやすく、「頭おかしい」「気持ち悪い」という強い言葉ほど注目されます。
その結果、肯定的な意見があっても、セカンドパートナーを否定的に考えている人しかいないと錯覚してしまうのです。
メディアで取り上げられる“美化された関係”への違和感
テレビやネット記事では、セカンドパートナーという言葉をあたかも「新しい愛のカタチ」のように扱う場面があります。
メディアは絵になる部分や感動的なエピソードを切り取りますが、実際には嫉妬・罪悪感・家庭不和などのネガティブ面も存在します。
美化されたストーリーに違和感を感じる人は多く、「こんなきれいごとばかりじゃない」という反発が起こりやすいのです。

メディアが不倫を正当化するなんて・・・

不倫関係を都合よく見せているだけじゃないか!
綺麗事だけを並べられたメディアの取り上げ方が、「セカンドパートナーは気持ち悪い」という感情に繋がる一因となっています。
セカンドパートナー経験者は意外と多い
否定的な声が大きく見えるため、実際にはセカンドパートナーを持つ人なんていないと感じられるかもしれません。しかし実際には、セカンドパートナーを持っている人は一定数います。
ある調査によると、既婚者の約10〜20%が配偶者以外の人と特別な関係を持ったことがあると答えています。これは肉体関係に限らず、「心のよりどころ」や「恋愛感情を伴う友人」も含めた数字です。

どうして、経験者は少数派に見られるのだろう?
否定的意見が強い社会では、肯定派や経験者が発言すると批判を浴びやすいため、沈黙を選びやすい傾向があります。
実際には、趣味サークル、職場、ボランティア活動などで、長く関わる異性との間に自然と“特別感”が芽生えるケースは珍しくありません。
水面下では一定数の経験者が存在しており、否定的意見と実態にはギャップがあるのが現状です。
なぜ、セカンドパートナーを許せない人が多いのか?

SNS上では、セカンドパートナーに否定的な意見をぶつける人が多いのが現状です。しかし、実際は水面下ではセカンドパートナーを持つ人が一定数存在します。
秘密の関係として配偶者とは別にパートナーを持つ人が多い中、どうしてセカンドパートナーの存在を許せない人が多いのでしょうか?その感情に迫ります。
「浮気・不倫」との違いが曖昧だから
セカンドパートナーは、体の関係を持たないプラトニックな関係と言われています。友達以上恋人未満の存在だと話す人も多く、不倫や浮気とは異なる点が主張されています。
しかし、たとえ肉体関係を持たなくても、恋愛感情や深い信頼を持つこと自体が配偶者への裏切りと捉えられる場合があります。人によっては、体の浮気よりも心の浮気の方が重大な裏切りだと考える人もいるでしょう。

心まで奪われる相手は、本気で好きになっている相手だから許せません。

距離が近すぎる異性の友人がいる方が許せません!
セカンドパートナーは周囲から見ると、どれほど深い関係にあるのか判別できません。「心の拠り所なだけで恋愛感情はない」「ドキドキするけれど、一番好きなのは配偶者だ」と言われても、納得するのは難しいでしょう。
線引きが曖昧だからこそ、結果的に「不倫と何が違うの?」と疑問を抱く人が多いのです。
家庭やパートナーを裏切る行為に映るから
家族に隠れて誰かと心を通わせる行為は、やましい関係や裏切りと受け取られがちです。家族以外に特別な相手がいる状況では、本来向けられるべき愛情や関心が、セカンドパートナーに注がれるでしょう。
その結果、家族との関係が希薄になったり疎外感を与えたりします。

家族以外を大切にしている時点で、重大な裏切り行為です。

肉体関係がなかろうが、コソコソしているのは許せません。
配偶者以外に特別な人がいること自体が、裏切り行為に映ります。そのため、プラトニックな関係と言われても許せないと感じる人が多いのです。
肯定的な立場の人たちはどう考えているのか?

セカンドパートナーは頭がおかしいと否定する人が多い中、肯定的な立場の人たちはどのように考えているのでしょうか?
セカンドパートナーを実際に持っている人や、持ちたいと考えている人の意見を見ていきましょう。
「心の支え」であり、決して浮気ではないという主張
セカンドパートナー肯定派の人にとっては、セカンドパートナーは話し相手であり、感情の共感者だと主張しています。配偶者には言えない悩みや弱音を打ち明けられる、精神的な避難所のような存在とも言えます。
不倫のようなドキドキ感や恋愛感情を求める関係性ではなく、あくまで癒しや共感を求めているだけ。日常のストレスや孤独感を軽減するための必要な心のケアだと語る人もいます。
夫婦関係が冷えきっている人にとっての救い
夫婦関係が長く続く中で、会話が減ったり、感情の交流が途絶えたりすると、心に空白が生まれることがあります。そうした時に現れるセカンドパートナーは、その空白を埋める救いとなるでしょう。

自分なんて、と思っていた時に自信を取り戻させてくれました!

安心して話せる相手がいるだけで、心が救われます。
セカンドパートナーは、「離婚するほどではないけれど、家庭で心が満たされない人」にとって、精神のバランスを保つために重要な存在です。心の安定を得ることで、家庭への不満が和らぐケースもあります。
セカンドパートナーを求める人がいる理由

ここまで、セカンドパートナー否定派と肯定的に考える人たちの意見を見てきました。
ここでは、否定的な考えの人が多い中でも、セカンドパートナーを求める人がいる理由について解説していきます。
家庭では満たせない心の拠り所が欲しい
家庭では満たせない心の拠り所が欲しくて、セカンドパートナーを求める人はたくさんいます。
どれほど円満に見える家庭でも、長い結婚生活の中で心の隙間が生まれることがあります。会話やスキンシップの減少、価値観のすれ違い、忙しさによるすれ違い…。
そうした中で、家庭では得られない安心感や共感を外に求める気持ちが芽生える人は少なくありません。

夫が聞いてくれない話を聞いてくれる人が欲しい・・・

妻には話しづらい仕事の悩みを聞いてくれる人が欲しい・・・
家族がいても、孤独を感じることはあります。忙しさやすれ違いで心が通わなくなったとき、「自分をわかってくれる誰か」を求めてしまうのです。
ストレス解消・癒しが欲しい
現代の結婚生活は、仕事・家事・育児・親の介護など、多くの役割と責任を同時に抱えることが当たり前になっています。
日々の忙しさや人間関係のストレスが積み重なると、安心して甘えられる相手や心を緩められる時間を求めたくなるでしょう。

気兼ねなく話せる相手との時間が、癒しになります。

役割を求められない相手との時間が、ストレス解消になります。
配偶者に相談しても解決できない、あるいは逆に口論になるテーマもあり、気持ちを吐き出せないまま疲弊してしまうことも多く、安心して弱音を吐ける存在が欲しくなるのです。
恋愛感情とは別の「つながり」が欲しいから
恋人でもなく、ただの友達でもない。そのような中間的なつながりを求める人が、セカンドパートナーという選択をすることがあります。
恋愛のように駆け引きや期待を伴わず、ありのままの自分を受け入れてくれる関係は、心の安定につながります。

いつでも自分の話を聞いてくれる人がいて嬉しい。

ただ、そばにいてくれる人がいるだけで安心する。
恋愛感情とは異なる繋がりは、大きな安心感を与えてくれるでしょう。中には「異性として認められたい」「誰かに必要とされたい」という承認欲求が根底にある場合もあります。
ときめきが欲しい
「日常にないときめきを感じたい」そのような感情が動機になることもあります。
長年の結婚生活や日常のルーティンに慣れてくると、刺激や新鮮さが薄れ、心が乾いてしまうことがあります。セカンドパートナーとの関係は、久しぶりに「ドキドキ」や「ときめき」を感じられる機会となることが多いです。
異性として見られる気持ちを取り戻したい
結婚生活が長くなると、配偶者から「家族」「親」として扱われることが多くなり、異性としての魅力や存在感が薄れてしまうことがあります。
夫婦間で異性として扱われなくなると、孤独感を生む原因となるでしょう。
そのような時に、自分を異性として見てくれる人の存在が、救いになることもあります。「ただの家族」ではなく、魅力ある異性として受け入れられることで、精神的な満足感や幸福感が得られます。
セカンドパートナー経験者が語る“本音とメリット”

ここでは、セカンドパートナー経験者が語る、セカンドパートナーを持つことで得られたメリットと本音を紹介します。
不倫や浮気のようにドロドロした関係性に捉えられがちですが、実はセカンドパートナーを持つことで得られるメリットはたくさんあります。
誰かに心を開けることで自分が安定する
誰にも話せなかったことを聞いてもらえる人がいると、精神的な安定に繋がります。そのため、自分一人で抱え込んでしまいがちな人ほど、セカンドパートナーに心が救われます。

夫に話しても聞いてくれない話を、嫌な顔一つせずに聞いてもらえました!

バカにされると思って話せなかったことを、優しく聞いてもらえました。
閉じていた心を開けることで、自己肯定感の回復にも繋がります。悩みを抱え込むことがなくなるため、心が穏やかになるでしょう。
異性としての自信が取り戻せた
セカンドパートナーを持つことで、年齢や結婚生活の中で失われた「女性としての自信」「男性としての魅力」を再認識できたという声もあります。

メイクや服装を褒めてもらえると、もっと綺麗になりたい!と思えました。

男らしい、頼りになると言ってもらえて自信を取り戻せました。
親として生活のパートナーとして過ごし続けていると、異性としての自信は失われがちです。特に配偶者とのスキンシップがなくなると、「自分には魅力がなくなってしまった」と感じられるでしょう。
そのような状況下でセカンドパートナーと過ごすことで、異性からの関心が得られ、自己肯定感を高められます。
自分の人生を取り戻せた
パートナーに合わせるばかりだった日々から、自分自身の人生を再び歩み始められたきっかけになったという人もいます。セカンドパートナーは、一時の刺激や快楽を求める不倫とは異なり、「自分らしさを取り戻すための手段」だったのです。

素の自分を出しているうちに、自分の本音に気づけました!

セカンドパートナーと過ごしたことで、固定概念に囚われることがなくなりました!
自分を認めてくれる存在であるセカンドパートナーとの時間を過ごすことで、自分の価値や魅力を再発見・再構築するきっかけになることがあります。
夫婦関係にもいい影響があった
セカンドパートナーの存在は、夫婦関係に悪影響を及ぼすと思われがちです。しかし、意外にもセカンドパートナーの存在がポジティブな変化をもたらすケースもあります。
外で満たされることで家庭へのイライラが減り、パートナーに優しくなれたという人もいます。他にも、異性として認められる経験が、自信や魅力の回復を促し、配偶者との関係にも前向きな影響を与えることも。

イライラの原因が夫ではなく、自分の満たされない気持ちにあったことに気づけました。

他の女性を知ったことで、普段の妻の行動が当たり前じゃないことに気づけました。
セカンドパートナーを持つことで「結果的に家庭が穏やかになった」という、好影響も報告されています。
「セカンドパートナーはもしかしたら、いいものなのかもしれない」「セカンドパートナーについてより詳しく知りたい!」と思った方は、以下の記事も併せて読んでみてください。
「今話題のセカンドパートナーとは?恋人でも不倫でもない関係性」
それでも「許せない」と感じるのは自然な感情

セカンドパートナーを持つことで得られるメリットについてお伝えしましたが、それでも許せないと感じる人はいるでしょう。否定的な気持ちを持つことは不思議なことではありません。
価値観は人それぞれ
セカンドパートナーに対して「頭おかしい」「気持ち悪い」と思う感情は、自然なことです。日本では、結婚した人は配偶者や子どもなど家庭を大切にするのが当然だと教えられてきました。
海外のように一夫多妻制度がないため、配偶者以外にパートナーを持つことに違和感を持つのは当たり前です。自分が納得できないのなら、それを無理に否定する必要はありません。
あなた自身の感情を大切にすることが一番
他人の価値観を無理に受け入れる必要はありません。誰にでも、どうしても許せないことはあります。
ただ、「そういう考えの人もいる」と知ることで、少し視野が広がることもあるかもしれません。頭ごなしに否定していた人も、セカンドパートナーを持つ人の背景を知ることで、見方が変わることもあるでしょう。
まとめ|セカンドパートナーは心に余裕を作るための一つの選択肢

セカンドパートナーは、必ずしも裏切りや浮気の代名詞とは限りません。精神的な孤独を埋めるため、あるいは自分らしさを取り戻すために、必要だと感じる人もいます。
ただし、それに対して嫌悪感を持つのも、また一つの正直な感情です。「理解できない」というスタンスのままでも問題ありません。
そのうえで、「そういう生き方もあるんだな」と、少しだけ柔らかい目線で見てみると、自分自身の価値観をより深く理解できるきっかけになるかもしれません。