この物語は、ある女性から聞いた実際の体験をもとに綴っています。
夫と子どもと暮らし、仕事や家事に追われる、ごく普通の女性。彼女は特別、夫婦仲に問題があったわけではありません。
しかし、いつの間にか夫との会話は減り、気づけば「夫の隣にいるのに、ひとりでいるような」寂しさを感じるようになっていました。
そんな彼女が、なぜ婚外恋愛をすることになったのか。
そのとき、何を感じ、何を思っていたのか。
彼女の体験をもとに、その心の動きを一つひとつ綴っていきます。
それは、夫婦の会話がなくなった、ある日のことでした。
夫とたわいもない話をしたのは、もういつのことだか思い出せません。
家の中で言葉を交わすといえば、「ごはんできたよ」「明日は晩御飯いるの?」「次の休みの日、まとめ買いしたいから車使うね」そんな、業務連絡のような会話ばかりでした。
私たちの関係は、夫婦と言えるのだろうか?そんなことを思うこともありました。
けれど、同年代の友達に話せば、「仲いいのなんて新婚の間だけだよ」「子どもができたら、夫婦の距離感なんてそんなものよ」と言われるばかりです。
確かに、私自身もそのようなイメージはありました。
夫婦なんて、子どもが生まれて、仕事や家事や育児に追われるようになれば、自然と恋人同士ではなくなっていくもの。家族になれば、夫婦の間に会話が少なくなっても仕方がない。そう思っていました。
それでも、私の中から、恋人だった頃の夫の記憶が消えることはありませんでした。
昔の夫は、もっと私を見てくれていた

新婚時代の夫はとても優しい人で、何かあればすぐに駆け付けてきてくれる人でした。今思えばとても大げさなのですが、私が料理をしている時に「うわっ」と声をあげるだけで慌てて飛んできてくれたほどです。
「大丈夫?怪我はない?」まるで子どもを相手するように過剰なほどに心配してくれる夫の優しさが、くすぐったくも嬉しかったことは今でも忘れません。
私たちの会話がなくなったのは、育児と仕事の忙しさが重なったことが原因だったと思います。
子どもが生まれてから、私は育児でてんやわんや。夫の話をろくに聞く時間がありませんでした。
夫が帰ってきても、私は子どもを寝かしつけることに精一杯。ようやく子どもが眠った頃には、私も疲れ果てていました。
夫と話す気力なんて残っておらず、そのまま倒れるように眠る毎日。子どもが半年になる頃には職場にも復帰していたので、もう毎日がバタバタです。
平日は、夫の顔をまともに見た記憶がない日もありました。
とにかく毎日をこなすことに必死で、夫に話しかけることといえば「明日の保育園どうする?」「これ買ってきてくれない?」「娘ちゃん、熱ないかな?」と、子どもや家のことばかり。
楽しい話や、その日にあった出来事を共有する余裕なんて、あの頃の私にはありませんでした。
夫は、育児に対しても積極的なほうだったと思います。子どもが小学生に上がるくらいまでは、休日になると必ず3人でどこかへ出かけていました。
けれど、子どもが小学生になってから、少しずつ変わっていきました。3人で出かける機会が減り、「今週は私が娘を見るね」「じゃあ、来週は俺が連れていくよ」と、どちらかが娘を連れて出かけることが日常になりました。
お互いがフルタイムで働いているからこそ、少しでも自分の時間を持ちたかった。
そのときは、それが最善だと思っていました。
まさか、それが夫婦の距離を少しずつ広げることになるなんて、考えもしませんでした。
子どもがいない休日、家の中が静かすぎた

夫婦2人で過ごす時間は、どんどん減っていきました。3人で出かけることも、1か月に一度あればいいほう。そんな日々が続いていた時のことです。
娘が高学年になり、友達と遊ぶ時間が増えていきました。そんなある日、娘が友達の家に泊まりに行った時のことです。久しぶりに夫と2人で家にいる時間ができました。
最初は何とも思いませんでした。私は平日にできなかった家事をして、夫は夫で自分の時間を過ごし、それぞれの時間を過ごしていました。
「いつもの休日と変わらない」そう思っていました。
でも、ふと気づいたんです。
家の中が、やけに静かなことに。
「……静かだな」と思った時、私は初めて気づきました。私たち夫婦は、こんなにも話をしていなかったということに。
娘がいれば、自然と会話が生まれます。学校や友達のこと、今日のご飯のことや、どこへ遊びに行くかなど。そんな何気ない会話が、家の中を埋めてくれていました。ですが、2人になると私たちには話すことがなかったのです。
「このままではダメだ!」と思った私は、少しおどけるように夫に声をかけました。
「あの子がいないだけで、こんなに静かなのね。家事も終わっちゃったし、久しぶりに二人でお出かけでもしない?」
夫の反応を待ちました。
「今日は友達の家に泊まってくるみたいだから。夕飯も外で食べちゃいましょうよ」
久しぶりに夫婦二人で過ごせる。私は、ほんの少し期待していました。
昔のように話せるかもしれない。昔のように笑えるかもしれない。そんなふうに思っていたのです。
しかし、返ってきた言葉は、私が想像していたものとはまったく違っていました。
「今更2人で、どこに出かけるっていうんだ。俺は家で動画見てるからいいよ。料理が面倒なら、デリバリーとればいいだろう。それか、外食してきてもいいぞ」
夫の突き放すような冷たい言葉に、私はショックを隠し切れませんでした。
夫が他人に見えた

私はその言葉だけで、突然夫が他人のように遠い存在になった気がしました。
確かに、こんな話をしたのはいつぶりかはわかりません。夫からすれば、休日を1人で過ごすことが日常になっているなかで、私の申し出は思わぬことだったのかもしれません。
それでも私は、昔のように2人で過ごした時のことを懐かしんで、一緒にいたいと思ったのです。
でも、夫は違っていたみたいです。悲しくて、悔しくて、これ以上ここにいたら、夫に怒りをぶつけてしまいそうだったので、夫の言った通りに1人で出かけました。
ずっと娘を交代交代で見ていたので、1人で出かけることには慣れています。夫が娘を見てくれている間、1人で買い物をしたり、カフェに行ったりすることもありました。
でも、その日はいつもと違っていました。一人で歩いていると、遠い記憶が昨日のことのように浮かんできたのです。夫と手を繋いで歩いていた日々のことです。
手をつないで歩いた頃の夫を思い出した
娘が生まれる前までは、週末になると私たちはいつもどこかへ出かけていました。
夫はいつも私を喜ばせることをよく考えてくれていました。
「今日はお前の好きなパスタを食べにいこう。あの店、ずっと気になってるって言っていただろう?実は予約しておいたんだ」
夫婦になっても変わらず、夫はいつも私のことを考えてくれていました。
あの時の夫はどこに行ってしまったのでしょうか?
その日食べたパスタは、大好きなお店なはずなのにまったく味がしませんでした。

私が夫をないがしろにしていたのかもしれない
夫の言葉を受けてから、私はその日のことを何度も考えました。
そして、あることに気づいたんです。
私はずっと、育児のため、娘のためと言い訳をしながら、夫のことを後回しにしていたのではないかと。
- 実際、夫が帰ってきても、話を聞こうとしなかった
- 夫と二人で過ごす時間を作ろうとしなかった
- 夫婦で出かける時間を持つことを考えていなかった
このままでは、本当に夫婦ではなくなってしまう。そう思った私は、夫との仲を取り戻すために、少しずつ行動を変えることにしました。
まずは、毎日夫に積極的に話しかけることにしました。
食後のコーヒーを出しながら「今日、職場ですっごいやらかしちゃったんだよね。この年になってミスするとか恥ずかしいわー」と笑いながら話しかけました。
昔の夫なら「馬鹿だなー」と笑ったり、「何やったんだよ」と興味津々に聞いてくれていました。
ですが、夫から返ってきた言葉は「そうか」の一言だけでした。
そのまま何もなかったかのように、コーヒーを飲みながらスマホを触り始めました。
全身で拒絶されているのが伝わってきました。
それでも、私は諦めませんでした。「自分の話を聞いてもらおうとするからいけないんだ」そう思い、今度は夫の話を聞くことにしました。
夫の気持ちに目を向けてみた
もう何年も、夫からの話をしっかり聞いていなかった気がします。
もしかしたら、夫にも何か悩みがあるのかもしれません。仕事で大変なことを抱えているのかもしれません。
実際、夫は格好つけて、私が聞き出すまで「黙っているつもりだったんだ」「解決したら話そうと思っていた」と隠していたことが何度もあります。
休日の朝、朝食を食べながら私は何気ない風を装いながら「最近仕事どう?忙しい?」と聞いてみました。
夫は一瞬、驚いたように私の顔を見ました。
でも、「いや、別に」と言って、朝食を食べ続けました。
「そっか、忙しくないならよかった。お盆だけどさ、今年は3人で旅行でも行かない?」
久しぶりに、家族3人の楽しい予定を立てれば、夫も喜んで話してくれると思っていました。
でも夫は、「盆シーズンなんて、人も多いし高いし、家でゆっくりしてる方がいいだろう」と、煩わしそうに答えるだけです。
横から娘が、「プール行きたい!」と言うと、夫は娘のほうを向いて、「どこのプールが行きたいんだ?」と嬉々として話し始めました。
娘と話すときの優しそうな表情、私と話すときとは違う声。それを見ていると、嫌でもわかってしまいました。
夫にとって私はもう、大切な存在ではないのだろうと。
私たちは、とっくに他人になっていた
私が夫をないがしろにしてきた罰なのかもしれません。
もっと早く、夫婦二人の時間を作っていればよかったのかもしれません。
もっと早く、夫と向き合っていれば変わっていたのかもしれません。
でも同時に、私自身も夫と何を話せばいいのかわからなくなっていることに気づきました。
昔は、今日あったことやこれから行きたい場所、好きな食べ物、くだらない冗談を何時間でも話せたのに…。
今は、「ご飯どうする?」「明日何時に帰ってくるの?」「買い出しいつ行く?」といった必要な話しか思いつきません。
私たちは、とっくの昔に夫婦ではなくなっていたのかもしれません。
その現実をはっきりと感じてしまってから、私は何をしていても心が空っぽになっていました。
「もう夫の心は、私には戻ってこない」
「もう、昔のように夫と二人で仲良く過ごす日々は戻ってこない」
そう思うと、何もする気になれませんでした。
家族のために頑張ってきたのに、娘のために頑張ってきたのに、夫のためにも頑張ってきたつもりだったのに、気づけば私は家の中でひとりになっていました。
誰かに話を聞いてほしい。
ただ、「それはしんどかったね」「頑張ってるね」と言ってほしい。
そんなことを思いながら、私はある日の昼休み、一人で会社の外に出ていました。
このときの私は、まだ知りませんでした。

このあと、たった一人の男性の言葉によって、私の日常が少しずつ変わっていくことを。
それが、私の心に大きな隙間をつくることになることを。











