前回、私は夫との関係に寂しさを感じる中で、職場の仲本君に悩みを聞いてもらうことになりました。
誰にも言えなかった夫婦のことを、仲本君は否定せず、真剣に聞いてくれました。
しかし、職場で噂になったことをきっかけに、2人でランチをするのをやめることになり、その代わりに始まったのが、仲本君とのLINEでした。
このときの私は、ただ「話を聞いてくれる人ができた」くらいに思っていました。でも、毎日のようにLINEをするうちに、少しずつ変化が出てきました。
それが「依存」だと気づくまでには、そう時間はかかりませんでした。
LINEをすることが、毎日の楽しみになった
仲本君とLINEをするのが日課になってから、娘のいない休日も気にならなくなりました。
以前なら、私のことなど見えていないかのように、一人の時間を満喫している夫を見ているだけで、悲しい気持ちになっていました。
同じ家にいるのに、夫の世界に私はいない。
そんな寂しさを感じる休日が、私は嫌いでした。
でも、今は違います。仲本君と他愛もないやりとりをする時間が、私の毎日を少しずつ彩っていったのです。

仕事のこと。
その日に感じたこと。
夫への愚痴。
どうでもいい世間話。
そんなことを何通か送り合うだけの日々。
それなのに、LINEで話せる人がいること、いつでも自分の話を聞いてくれる人がいることが、これほどまでに嬉しいことだとは思いませんでした。
実際、この頃は自分でも無自覚でした。
娘から、「今日、お母さんなんだか楽しそうだね」と言われるようになって初めて、自分の気持ちが浮足立っていることに気づいたのです。
娘に気づかれるくらいならば、「夫にも変に思われているかもしれない」と思っていました。
でも、夫は娘とのそんな会話も聞いていない様子でした。
夫は私のことにはまるで興味がない。
そのことに気づいてから、私の中にあった「夫にバレるかもしれないから控えよう」という気持ちは、少しずつ消えていきました。
だって、相手が男性とはいえ、ただLINEをしているだけです。恋愛的な話をしているわけではありません。カップルのような関係でもないのですから。
ほとんどが私の愚痴と世間話です。
愚痴の張本人である夫以外ならば、誰に見られても問題のないやりとりしかしていません。
だから私は、この関係は後ろめたいものではないと思っていました。
「LINEの返事がない」だけで不安になった
そんなある日のことです。いつもなら仕事から帰る頃には届くはずのLINEが、その日は届きませんでした。LINEをし始めてからずっと、毎日仕事から帰ってきて寝るまで、欠かさず送り合っていたのです。
だから、その日も当然のようにLINEが来ると思っていました。
しかし、仕事から帰ってきて、しばらく経っても既読がつかない。私は何度もスマホを確認しました。

「忙しいのかな?」と思いながら、夕食の準備を始めたものの、料理中も「もう来ているかもしれない」と、何度もスマホを確認していました。
しばらく経ってもLINEは来ず、私は落ち着かないまま家族と食事をしました。
食事中、娘から「ママ、さっきからスマホ見すぎじゃない?」と言われました。
「ママの見てるユーチューバーがSNSで重大発表するっていうから、その通知を待っているのよ」
私は、とっさに嘘をつきました。
娘は、「ふーん。ママも人のこと言えないじゃん」と言うだけです。夫は食事をするときもスマホに夢中だったので、私のことなど気にしていなかったと思います。
それでも、家族に気づかれたくない気持ちから終始、神経を張り巡らせていました。なぜなら、頭の中をずっと仲本君のことがぐるぐるしていたからです。
どうして返事が来ないんだろう。
何か嫌なことを言ってしまったかな。
もうLINEをしたくなくなったのかな。
そんな不安が頭の中を埋め尽くしていました。
ソワソワしている自分を家族に気づかれたくなくて、いつも以上に娘に話しかけました。
「今日は学校どうだったの?」と聞いては、娘が話すことに、「うんうん」と相槌を打ちながら聞いていました。
でも、そのとき娘が何を話していたのか、ほとんど覚えていません。娘の話を聞きながらも、私の意識はずっとスマホに向いていたのです。
夕食を終えて片付けをしている間も、スマホは目の届く場所に置いていました。娘がお風呂から上がって何か話しかけてきても、意識はどこかスマホに向いていました。
思えば、この頃にはもう、私は以前の自分には戻れなくなっていたのだと思います。
返事が来ただけで、ほっとした
その夜、ベッドに入ってスマホを触っていると、ようやく仲本君からLINEが返ってきました。
隣のベッドで眠る夫のことを忘れて、「えぇっ」と声を上げそうになるのを、慌てて抑えました。
急いでメッセージを開くと、「すみません、仕事帰りたまたま友達と会って、今まで飲みに行っていました。返信遅くなってすみません。もう寝ちゃいましたかね?遅くにすみません、おやすみなさい」と書かれていました。
私は何度もそのメッセージを読みました。
そして、ほっと胸をなでおろしました。
その安心感に押されるように、私は思っていたことをそのまま送りました。
「もうLINEの相手するの嫌になっちゃったのかと思ったわ。いつもメッセージが来るのが当たり前だったから、自分でもこんなに仲本君のLINEを心待ちにしているとは思わなかった。メッセージ送ってくれてありがとう。おやすみなさい」
送ってから、「私、何を言ってるんだろう」と少し恥ずかしくなりました。でも、それまで高ぶっていた神経がようやく落ち着いたのか、そのまま眠ってしまいました。
翌朝、スマホを見ると、仲本君からメッセージが届いていました。
そこには、ただ一言。「そんなこと言われたら、意識しちゃいます」と綴られていました。
私は、しばらく理解が追いつきませんでした。
「どういう意味?」と素直に聞けるほど、私はもう子どもではありません。かといって、どう返せばいいのかもわからない。そもそも仲本君が、どういうつもりで送ってきたのかもわかりません。
それをLINEで問いかけるのも、何か違う気がしました。
「意識しちゃいます」の一言で、空気が変わった

「意識しちゃいます」
その一言が、何度も頭の中で繰り返されていました。
朝食を作っている間も。
お弁当を詰めている間も。
電車に乗っている間も。
私はずっと、その言葉の意味を考えていました。
そんなときに限って、会社のエレベーター前で仲本君を見つけました。
「おはよう」と声をかけると、仲本君は目を合わせないまま、「おはようございます」と小さく挨拶しました。
昨日のLINEの意味を、ここで聞いてしまおうか。そう考えていると、後ろから同僚がやってきました。
「おはよう」
私は何事もなかったかのように同僚と話しながら、デスクへ向かいました。
聞きたい。
でも、会社でこそこそ話していては、また周りから何を言われるかわからない。
話したい。でも、話しかけられない。
そんなもどかしさを抱えながら仲本君を見ると、彼はいつもと変わらない様子で仕事をしていました。
もしかしたら、酔っぱらった勢いで送っただけなのかもしれない。大した意味なんてないのかもしれない。
そう思いながらも、私はその一言を頭から追い出すことができませんでした。
結局その日は、もやもやしたまま仕事を終えました。
「鈴木さんの家族が羨ましいです」
家に帰り、晩御飯の支度をしていると、仲本君からメッセージが届きました。
「今日もお疲れ様です。僕の今日の晩御飯はオムライスです。最近、自炊頑張っているんです!鈴木さんは今日は何作るんですか?」
写真付きのメッセージを見て、思わず「かわいい」と思ってしまいました。
私はそのまま出来上がったばかりの晩御飯を写真に撮り、食卓に運びました。
娘と夫が先に食べる中、洗い物をしていると、仲本君から返信が届きました。
「うわー、こんな晩御飯毎日食べられるなんて、鈴木さんの家族羨ましすぎます!」
「大げさね。これくらい主婦だったら誰でも作れるわよ」
「誰でも作れるものじゃないですよ。それに、さっきまで僕と一緒に仕事してましたよね?疲れて帰ってきてる人ができることじゃないですよ」
私は、何も言わずに当たり前のような顔をしてご飯を食べている夫を見つめました。
そして、仲本君の言葉を何度も頭の中で反芻しました。
夫から「ご飯作ってくれてありがとう」と言ってもらえたのは、いつまでだっただろう。
もし仲本君がここにいたら、「美味しい、美味しい」と言いながら、嬉しそうな顔でご飯を食べてくれるんだろうな。
そんなバカなことまで、妄想していました。
それから、なぜだか毎日、お互いの晩御飯を送り合うことが日課になりました。
仲本君はほとんど、「今日は誘惑に勝てませんでした」と言って、コンビニで買ったものや牛丼をテイクアウトする日が多く、私は「栄養偏らないようにね」と、まるで母親のように心配する日々。
そんなやりとりも楽しくなっていました。
何を送っても、手抜きご飯を送っても、仲本君は、「鈴木さんは本当にすごいですね」と言ってくれました。
「コンビニ弁当じゃなくて、鈴木さんの手作りが食べたいです!」なんて、恥ずかしげもなく言ってくるのがくすぐったくも、嬉しく思いました。
近づきすぎた距離感
ある休日、娘と2人で出かけて晩御飯を外で食べていた時のこと、仲本君から「今日は何してたんですか?」とメッセージが来ていました。
私は、その一言が妙に嬉しく感じました。これまで、私が家族の話をすることはあっても、仲本君から私の日常を聞いてくることは、ほとんどなかったからです。
なんだか、胸の奥がくすぐったくなりました。
すると娘が、「またスマホ見ながらにやにやしてるー。ママ、最近多くない?いっつも何見てるの?誰かとめっちゃメッセージしてない?」と言いました。
その瞬間、体が一気に熱くなりました。

「友達よ!友達が送ってくる子どもの話が面白くて、見てただけよ!変なこと言わないでよねー」
私はまた嘘をつきました。
そして、そのとき初めて気づいたのです。
仲本君とのLINEは、もう誰にでも見せられるものではない。愚痴を言っている張本人の夫以外なら、誰に見られても恥ずかしくない。ずっとそう思っていたはずなのに、私は娘に本当のことを言えませんでした。
ただ会社の仲のいい人とLINEをしている。それだけ言えばよかった。それなのに、私は嘘をついてしまった。
その事実が、急に怖くなりました。
「今なら、まだ戻れる」と思った
その夜、娘が寝た後、私は一人きりのリビングで、スマホを見つめていました。
「今なら、まだ戻れる」そう思いました。
話を聞いてほしいと言い始めたのは私。
返事が来ないだけで不安になったのも私。
娘に嘘をついたのも私。
「ちょっとLINEするの控えようかな。最近、私、依存してる気がするわ(笑)」
送信ボタンを押した瞬間、胸が締めつけられました。
仲本君は、なんて返してくるだろう。
怒るかな。
寂しいと思ってくれるかな。
それとも、何とも思わないかな。
返信が返ってくるまで、それほど時間は空いていませんでした。それなのに、この数分間がとても長く感じられました。
やがて、スマホが震えました。
「わかりました」仲本君からの返事は、その一言だけでした。
それから、あれほど毎日欠かさず送り合っていたLINEが、本当に来なくなりました。
翌日も、その翌日も。スマホに、仲本君の名前が表示されることはありませんでした。
私は、自分で終わらせたはずなのに、なぜか心の中に大きな穴が空いたような気がしていました。
料理を作っていても、「今日の晩御飯」と写真を送りたくなる。面白いことがあれば、「ねえ、聞いてよ」と言いたくなる。仕事で仲本君を見かければ、話しかけたくなる。
でも、もうLINEはしないと決めた。だから、何もできない。
その夜、いつものようにスマホを手にした私は、何度もLINEの画面を開いては閉じるのを繰り返していました。
仲本君とのトーク画面には、これまでのやりとりが残っています。
何気ない会話。
晩御飯の写真。
私の愚痴。
仲本君の優しい言葉。
画面をスクロールするほど、胸が苦しくなっていきました。

私はようやく気づきました。
LINEをやめれば、元の生活に戻れると思っていました。
でも、そう簡単には戻れませんでした。
なぜなら、私が手放そうとしていたのは、ただのLINEではなかったからです。
いつの間にか私は、仲本君からもらう「自分を見てもらえる時間」そのものを、手放せなくなっていたのです。
だから、LINEが来なくなっただけなのに、心の中には大きな穴が空いたようでした。
そんなふうに思ってしまう自分を、私は何度も責めました。それでも、時間が経てば忘れられる。そう思っていました。
でも、一度できてしまった心の隙間は、そう簡単には埋まりません。
それから、「もうLINEはしない」と決めた私のもとに、もう一度、仲本君から連絡が届くことになるのです。
そのきっかけは、思いがけないものでした。











