セカンドパートナーの何がいいの?と思っていた私が、セカンドパートナーを持った理由

「セカンドパートナー」という言葉を初めて聞いたとき、私は正直、理解できなかった。

今回語ってくれたのは、セカンドパートナーを否定的に考えていたのに、結果的にセカンドパートナーに救われた40代の主婦の方です。

彼女はこれまで、「夫がいるのに、なぜ別の男性を必要とするの?」「恋愛がしたいなら、離婚してからすればいい」「セカンドパートナーという言葉を使っているけれど、そんなのただの裏切り」そんなふうに考えていました。

まさか自分が、その「セカンドパートナー」を持つことになる日が来るなんて想像もしていなかったと語っています。

目次

結婚して夫婦として過ごしているはずなのに、いつしか私はひとりでした。夫は仕事が忙しく、ほとんど家にいません。結婚当初はそれでも、帰ってきたら私の話を聞いてくれました。

夫と食事をしながら会話をする時間が、私にとっては大きな幸せだったのだと後になって気づきました。

結婚したばかりの頃は、夫が帰ってくるのを楽しみにしていました。

仕事から帰ってきた夫と一緒に食卓を囲みながら、「今日はこんなことがあったよ」と話したり、夫の仕事の話を聞いたり、くだらないことで笑ったり。

特別なことをしていたわけではありません。

それでも、夫と食事をしながら会話をする時間が、私にとっては大きな幸せだったのだと思います。

当時の私は、そんな何気ない時間が、これからもずっと続いていくものだと思っていました。

まさか、その時間が少しずつ失われていくなんて、考えもしませんでした。

それまでどれだけ遅く帰ってきても、二人で話す時間を大切にしてくれていました。それが、いつだったか、食事を済ませるとすぐにスマホに夢中になり始めたんです。

「今日ね……」と話しかけようとしても、「うん」「そうなんだ」と適当な返事しか返ってこず、話しかけられる雰囲気ではなくなってしまいました。

仕事で疲れているんだから仕方ない。私だって、夫を困らせたいわけじゃない。

そうやって、自分の寂しさを何度も飲み込みました。

「夫が仕事で忙しいなら、私が家のことをやればいい」「子どものことも、私がしっかりしなければいけない」そう思っていました。

朝起きて、子どもの準備をして、家事をして、仕事をして、帰ってきたらまた家事…。

子どもの話を聞いて、明日の準備をして、ようやく一日が終わる。

そんな毎日を過ごしていても、私の頑張りは誰にも認めてもらえませんでした。

もちろん、夫も大変だったと思います。

だからこそ、「私ばかり」と思う自分を責めていました。

夫にとって私は、いつの間にか「妻」ではなくなっていたと思います。

  • 家事をする人
  • 子どもの世話をする人
  • 家の中を回してくれる人

まるで家政婦のようです。

私が特別家の中を綺麗にしても、少し凝った料理を作っても、子どもの外遊びに一日中付き合っても当たり前。「ありがとう」と言われることは、ほとんどなくなっていました。

私が一番つらかったのは、家事や育児を一人で抱えていたことではありません。

「私自身を見てもらえなくなったこと」

そのことが、何よりも私の心を苦しめていきました。

家には夫も「ママ、ママ」と言ってくれる可愛い子どももいるのに、どうしてこんなに孤独なんだろう?

夜、家族が寝静まったあと、眠れない夜を過ごしている時、ふとそんなことを考えていました。

一人じゃないのに、私の心だけがひとりぼっちでした。

そんな夜が増えるにつれて、今まで考えたこともなかったことを考えるようになりました。

「私は、何のためにこんなに頑張っているんだろう?」

朝から家事をして、子どもを送り出して、家族のために動いて。

これだけ頑張っているのに、どうして誰にも認められないんだろう?

そんなことを考え始めると、段々と自分が虚しくなっていきました。

結婚した頃は、大好きな夫のために頑張ることが幸せでした。

夫が喜んでくれる。
夫に「ありがとう」と言ってもらえる。

それだけで、また頑張ろうと思えました。

でも、その夫に向き合ってもらえなくなったら一体私は何を糧に頑張ればいいのか…。頑張る理由さえ、分からなくなっていきました。

自分の気持ちを考える時間が増えてから、心の奥に押し込めていた思いが、少しずつ溢れていきました。

誰かに「頑張ってるね」と言ってほしい。
誰かに「大丈夫だよ」と言ってほしい。
誰かに「無理しなくていいよ」と言ってほしい。

「私だって誰かに大切にされたい!」という思いを隠しきれなくなっていました。

でも、そんなことを思う自分を、どこかで責めてもいました。だって、私には夫も子どものいるのに、「誰かに大切にされたい」と思うなんて、贅沢な話です。

そうして自分の感情を押し殺しながら、毎日黙って家族のために動いていました。

そうして毎日を繰り返しているうちに、少しずつ自分の中で何かが変わっていくのを感じていました。

「頑張らなきゃ」と思う気持ちより、「もう頑張れない」という気持ちのほうが大きくなっていったのです。

誰かに話を聞いてほしい。
誰かに「大丈夫」と言ってほしい。
ただ、私のことを見ていてほしい。

そんな思いが日に日に強くなっていきました。

そして、あるときふと思ったのです。

「誰かに寄りかかっていないと、自分が壊れてしまうかもしれない」

それは、恋愛がしたいという気持ちとは少し違っていました。

私が欲しかったのは、

  • 「今日も頑張ったね」と言ってくれる人
  • 自分の話を聞いてくれる人
  • 自分を女性としてではなく、一人の人間として認めてくれる人
  • 「大丈夫」と言ってくれる人
  • 自分の存在を必要としてくれる人

そんな人でした。

ドキドキしたかったわけでも、夫以外の男性を求めていたわけでもありません。

ただ私は、疲れ切った自分を支えてくれる誰かが、必要だったのです。

ただ誰かに、自分を認めてほしかった。ただ誰かに、自分を支えてほしかった。

私はこの時初めて、セカンドパートナーを求める人が「これは不倫じゃない。ただ、支えが欲しかっただけ」と言っていることの意味がわかりました。

一番寄りかかりたい夫に寄りかかれなくなった時、誰かに支えを求めないと自分が自分でいられなくなるんです。

そんな毎日を過ごしていた頃、 何気ない会話を楽しめるある男性と出会いました。

不思議なことに、その人にはまったく気を遣わずに話せたんです。

「最近、ちょっとしんどくて……」

そんな何気ない一言から、気づけば私は、自分のことをたくさん話していました。

彼は私の話を遮ることなく、「それは大変だったね」「いつも頑張っているんだね」と、ただただ受け止めてくれました。

普段から会話がある人だったら、当たり前のことだと思われるかもしれません。

ですが、夫に話しても「そうなんだ」で終わってしまうことが当たり前になっていた私にとって、それはとても新鮮なことでした。

久しぶりに、自分の話を最後まで聞いてもらった。たったそれだけのことなのに、胸の奥が少しだけ軽くなったのを覚えています。

ある日、彼が私に、「家事も育児も一人で頑張っているなんて、本当にすごいね。僕のところは、二人で協力してもアップアップしてるのに」と言いました。

彼はただ、世間話のような感覚で言っていたと思います。

でも、そのときの私にとっては、涙が出るほど嬉しかったんです。

家事も育児もずっと一人で頑張り続けていた。でも、それは当たり前のことなんだって、どこかで自分に言い聞かせていたからです。

でも、心の奥ではずっと、誰かに認めてほしかった。誰かに気づいてほしかった。ずっとそう思っていたんだと思います。

「私、頑張っていたんだ」

そう思った瞬間、今まで張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ気がしました。

家にいる私は、妻であり、母親でした。

家族のために食事を作って、子どものことを考えて、家のことをすべて担っていました。

そうしているうちに、いつの間にか、「私」という一人の人間でいる時間がなくなっていました。

でも、彼と話しているときだけは違いました。

彼は私が妻であることも母であることも気にせず、一人の人間としてまっすぐに見つめてくれたんです。下心のあるような下世話な見方でもなく、一人の女性というよりも一人の対等な人間として見てもらえたことが本当に嬉しかったです。

何か嬉しいことがあったとき、嫌なことがあったとき、夫に話したくても話せなかったこと。

それらを全部、静かに受け止めてくれる人がいること。

「今日、こんなことがあったんだ」

そうやって話せる相手がいることが、いつの間にか私の中で大きな意味を持つようになっていました。

嬉しい出来事があった時、反対にちょっと辛い出来事があった時、私は無意識のうちに「あの人に話を聞いてほしい」と思うようになっていました。

「ねえねえ、聞いて」と学生の頃のような感覚で気持ちが高揚しているのを感じていました。

彼から連絡が来るだけで嬉しい。話を聞いてもらえると安心する。

その人と話しているだけで、自分を取り戻せるような気がしていたんです。

それが恋なのか、ただの依存なのか。

その頃の私は、そんなことを考える余裕すらありませんでした。

ただ、自分の話を聞いてくれる、認めてくれる存在がいることが嬉しくてたまらなかったんです。

辛いことがあった時、「大丈夫だよ」と言ってくれる人がいること。

毎日の家事や育児を「頑張ってるね」と認めてくれる人がいること。

それだけで私の心は満たされていました。

私は何よりも「あなたはひとりじゃないよ」と感じさせてくれる人が欲しかったんだと思います。

今振り返れば、この頃にはもう、彼は私の心の中で、ただの「知り合い」ではなくなっていたのだと思います。

そして私は、少しずつ彼に心を預けるようになっていきました。

彼と話す時間が増えるにつれて、少しずつ私の中で何かが変わっていくのを感じていました。

家の状況は何も変わっていないのに、私の心はとても軽くなっていったんです。

そうしていつの間にか私は、彼との時間を心待ちにするようになっていました。 

不思議でした。家の中の状況は何も変わっていないのに、「この人がいてくれる」と思えるだけで、少しだけ心が軽くなったんです。

一日の終わりに話を聞いてもらえる。
自分の存在を気にかけてくれる人がいる。

それだけで、「今日もなんとか頑張ろう」と思えるようになったんです。

今まで一人で抱えていたものを、少しだけ誰かに預けられる。それが、あの頃の私にとっては大きな救いでした。

最初は、話を聞いてくれる人という立ち位置でした。ただ、私が勝手に「彼と話すと救われる」と思っていただけで、特別な感情を抱いていたわけではありません。

実際、私たちは恋人になる時のように「今日からセカンドパートナーね」という会話をしたわけではありません。

ただ、少しずつ距離が近くなっていって。気づけばお互いにとって、なくてはならない存在になっていったんです。

そして、いつしか私たちは、セカンドパートナーと呼ばれるような関係になっていました。

思い返してみても、明確な時期や意識をした瞬間があったわけではなく、「気づいたら」という言葉が一番近いと思います。

以前の私は、「セカンドパートナー」という言葉を聞いても、正直よく分かりませんでした。

夫がいるのに、どうして別の男性が必要なの?
何がいいんだろう?
恋愛がしたいなら、離婚してからすればいいんじゃない?

そんなふうに思っていました。

だから、自分がその立場になるなんて考えたこともありませんでした。

でも、実際にその関係になった私は、少し違うものを感じていました。

私は彼に対して、恋愛をしている時のようなドキドキ感を感じたことはありません。心の支えにはしているけれど、付き合っているという感覚でもないのです。

どう言い換えるのがベストなのかはわかりませんが、恋人というよりかは、特別な男友達と言った方が近いのかもしれません。

私は、この関係を通して初めて、自分がずっと求めていたものに気づいていくことになります。

あの頃の私は、家族のために生きていました。

子どものために、夫のために。

家族が困らないように、毎日を回すことに必死でした。

どれだけ疲れていても、自分のことは後回し。つらくても、「私が頑張ればいい」と思っていました。

そんな私にとって、彼と過ごす時間は、唯一の「自分のための時間」だったのだと思います。

彼の前では、無理に頑張らなくてもよかった。

「今日は疲れた」と言ってもいい。
「つらかった」と話してもいい。
弱音を吐いてもいい。

何も頑張っていない自分でも、「そこにいていい」と思えたんです。

彼は、私の話を聞いてくれました。

頑張っていることにも気づいてくれました。

そして、何気ない会話の中で、私の存在そのものを認めてくれました。

それは、私がずっと欲しかったものです。

彼の前では、母でも妻でもない、ただの「私」でいられたんです。

「ここにいていい」そう思える場所が、私には必要だったのだと思います。

セカンドパートナーが私にくれたものは、恋愛のドキドキではありませんでした。

私にとって彼は、恋をする相手というより、「私」という存在をもう一度思い出させてくれる存在でした。

そして私は、そこで初めて気づいたのです。

私がずっと欲しかったのは、誰かに愛されることじゃない。

ただ、私のことを見てくれる人だったんです。

そして、どこかに「私が私でいられる居場所」が欲しかったのだと思います。

もちろん、だからといって、この関係がすべて正しかったと言いたいわけではありません。

夫婦がいる中で、別の誰かに心を支えてもらうことは、簡単には割り切れない部分もあります。

夫婦関係、相手の家庭、子ども、自分自身。独身同士の関係ではないからこそ、考えなければいけないことはたくさんあります。

セカンドパートナーを持つ前に感じていた「家族を裏切っている」という事実は変わりません。

それでも、あの頃の私は、彼がいなければ、自分自身を保てなかったんです。正しいか間違っているかを考える余裕なんて、ありませんでした。それくらい限界寸前だったんです。

今振り返ると、私はセカンドパートナーが欲しかったわけではなかったのだと思います。

ただ、頑張っている自分を誰かに認めてほしかった。
「大丈夫だよ」と支えてほしかった。
「私はここにいていい」と思わせてほしかった。

家族のために頑張ることに疲れ、自分のことを後回しにしていた私は、誰かに自分を見てもらうことで、自分自身を取り戻そうとしていたのかもしれません。

もし今、私と同じように「誰かに寄りかかりたい」「自分のことを分かってくれる人が欲しい」と思っているなら、その気持ちを無理に否定する必要はないと思います。

私自身、そんな気持ちを抱えた先で、彼と出会っているのですから。既婚者同士だからこそ話せること、家庭の中では言えない気持ちを分かち合えることもあります。

私が彼と出会ったのは、既婚者同士でつながれるマッチングサービスAfternoon.(アフタヌーン)でした。

「誰かと話したい」「自分のことを分かってくれる人と出会いたい」

そんな気持ちを抱えているなら、まずは誰かとつながることから始めてみてもいいと思います。

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Afternoon.編集部

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